【組織神学】エコフェミニズムについて
1、近代思想の二項対立(文化と自然・男性と女性)
近代には「理性・感性」「合理・不合理」「主体・客体」「文化・自然」というように、世界のすべてを二項対立の図式でとらえようとする傾向があると、スーザン・ヘックマンの『ジェンダーと知』では主張されている。これに関連して、オートナーは、男性は文化的であり、女性は自然に近いものだという枠組みは、その枠組み自体が社会文化の産物であると指摘している。また、自然と文化を対立させる図式そのものに問題があるのではないかとも考えられている。ここには、自然という資源を人間という文化主体が利用するという構図が見られるように思うが、たとえば日本にかつては多くあった里山の思想には、自然環境があってこそ人間の生活が成り行き、人間の手が入ることで自然環境が自然環境そのものにとっても良いように整備されるという共生の関係があった。必ずしも、人間の文化活動と自然は対立の関係でしかありえないというものではないのである。自然を利用するための対象として、もしくは合理的精神では理解できない法則に支配された未知の領域として、どちらにせよ人間とは別のものだと切り離して考えるという世界観を持った文化のありかたが、自然と文化の対立という図式を作り出しているのだと考えられる。ヴァンダナ・シヴァは自然環境の再生可能性を無視した森林伐採に警鐘を鳴らしているが、このことにも関連して、日本では人間と山林が共存していたころの里山のありかたを見直す必要があるのではないだろうか。
2、ヴァンダナ・シヴァの「女性原理」
インドでは、森林が媒介する自然の物質循環と水環境に依拠して生命を維持してきたために、インドの人々は森林を神聖視して崇拝するとともに、これを荒らして破壊することの内容に大切に管理していたそうだ。しかし、「英国の植民地化で開始され、独立後の今日においてもインド国家によって引き継がれている「科学的経営」に基づく「科学的林業」なる政策は、木材の市場的価値にのみ着目して森林の持つ多様な価値をこれに還元し、再生可能性を考慮することなく、まるで鉱床を採掘するかのごとく森林を伐採していった」(1)。その結果として、生物の多様性がなくなり循環可能な生態系が破壊されるということや、共有地としての森林はなくなるということや、永続可能な林業ではなく短期利益を求める商業的木材生産のために森林に依拠していた人々の生活基盤が崩れつつあるということが起こっている。
「シヴァにおいては、農業や林業における女性たちの活動が、自らの生命のみならず自然の循環と再生を支える役割を果たすものとして把握されているのである。こういった活動は本来女性と男性が共に担うものであったが、生存維持経済が市場経済への包括によって崩壊すると、男性はそのような活動からは除外され、女性たちがその主たる担い手となって」(2)いった。そのため、シヴァは近代科学やグローバルな市場経済といったものに対する変革や解放の指針として「女性原理」をあげるのである。つまり、「女性原理」といってもそれは、女性であることによって無前提で獲得されるものではなく、男性であるからと言って無条件で排除されるといったものではないのだということは、押さえておきたい。先に、文化が自然を女性的なものとしているのだと述べたが、シヴァもまた自然と女性との一体性を生活様式や性別役割分業に媒介された社会的なものとして理解しているということだ。
3、日本資本主義による家庭内の男女不平等
「近代家族の性別分業に起因する家庭内での男女不平等は、けっして男性による「性支配」の体制の問題なのではなく、社会的・歴史的な問題、つまり日本資本主義のあり方の問題だと言うべきであろう。家庭内で男性が家事・育児などに非協力で、その責任を妻に押しつけている問題も、各家庭においてさまざまな形があり、程度の違いがあり、千差万別であろうけれども、そうなる原因は資本主義的生産様式に由来する問題であることは否定できない」(3)と、鰺坂真は述べる。男女不平等は、近代資本主義の構造のもとでその生産様式が引き起こした問題なのだという主張である。これはI.イリイチがいうところの、男性が賃金労働を行なうかたわらで、女性が無償労働として「シャドウ・ワーク」に従事するといういわば相互補完関係になっていたということを指しているのではないかと思われる。働いているにも関わらず、家庭内での女性の労働には対価が支払われず、相互補完関係にあって家庭を成り立たせているとは見られずに、男性の賃金収入で女性は養ってもらっているという考えかたがまかり通っていたということだ。しかし、資本主義のありかたによって、社会での賃労働と家庭での無償労働に役割をわけるようになったからといって、圧倒的な比率で賃労働は男性が担い、無償労働は女性が担うといった役割分担になる必然性もまた資本主義のありかたにあったと言えるのだろうか。
4、性別役割分業における不平等とは何か
「シヴァにおいて問題視されているのは「人間の仕事」であるはずのものが「女の仕事」と「男の仕事」に分断されていることではなく、「女の仕事」と「男の仕事」の調和が破壊され「女の仕事」の評価が不当に低められていることなのであるから、性別役割分業自体は肯定されていると理解される」(4)と南は言う。男女の不平等をいうときには、何を平等として不平等だと批判するのかを確かめたい、と私は思う。シヴァが仕事の評価として考えていたものは何なのだろうか。おそらく、鰺坂が資本主義に起因する家庭の性別分業における男女不平等としていうときには、労働に対して支払われる賃金格差が想定されていると見ることができるだろう。しかし、賃金の差は目に見えてわかるものであるが、性別役割分業を「男は狩猟、女は採集および農耕」という原初的な区分にさかのぼった場合、ここには性差はあるけれど、この状態を不平等であるとはいえないのではないかと思う。異なったものを比して等しいかどうかを論じることに意味はないだろう。さらに、女性が狩猟を担っていた民族も存在したということから、特定の活動と性別役割との結びつきは極めて文化的・社会的なものなのだろうということが示唆される。
5、人工妊娠中絶にみる女性の自己決定権の問題
性別役割には、賃金格差以上の不平等があるのではないかということは、女性の自己決定権の問題から見ることができるだろう。女性の自己決定権が特に問題とされるのは、生殖医療技術による人工妊娠中絶に関する倫理的問題においてである。加藤秀一は「女性は自己決定などしていない。胎児について決定しているのは家父長制社会であり、そのとき女性は胎児の入れ物としてしか扱われていない」ことこそがフェミニストの告発の内容であるという(5)。そこには、子どもを産むためのものとして女性が扱われていたということがあり、女性は自分の身体のことや他にしたいことがあるか如何に関わらず、とにかく家を継がせるべき子孫を産むように、家族や親せきをはじめとした社会から、圧力とも言えるくらいの期待をかけられていた。江原由美子は『自己決定権とジェンダー』において、「女性の自己決定権は「本人の意思によらずして産むこと/産まないことを強制されない」という権利にすぎないのであるから、こうした権利があるとしても、それだけで女性が産むか産まないかを自己決定できるとは言えず、「女性の自己決定を実現するような支援を行う社会関係・社会組織が形成」されているか否かが重要であるという(6)。いくら自分で自由に選んでいいと言われても、現実的に選びやすい選択肢が固定されていたのでは意味がないということで、これは重要な指摘であると思う。
「妊娠した女性にとっては、妊娠する以前には「自己の身体」の一部であったものが、受精の瞬間から「他者の身体」となってしまう、あるいは「自己の身体」がふたつの身体へと分離されていくという経験がある」(7)。自己と他者を二項対立としてとらえる構図を近代が持っていたと考えれば、妊娠で自己が他者へと別れていくという女性の身体はその枠組み内におさまるものではなく、それゆえに理性の外にある「自然」と結びつけて考えられたという側面があるのかもしれない。
生殖医療の人工妊娠中絶について、不妊の原因がどこにあるのかもわからず、多くの不妊をもたらしている何らかの根本的な問題があるのかもしれないというのに、とりあえず個々の人の身体的機能の問題をテクノロジーで解決しようとする試みは、対症療法的なやりかたにすぎないのではないかとも考えられている。対症療法は、根本的な問題の解決にはならず、ひとつの症状を抑えることができたとしても、同じ問題から別の形で病状があらわれるところに特徴がある。目に見える症状に比べて、根本的な問題はわかりにくく、多くの要因が絡まり合って複雑なものであることが多いため、原因を突き止めることはたいへん困難であるとは思うが、対症療法的なやりかたをしていると、症状の形は変化するなかでそもそもの問題が悪化していくという事態にもなりかねない。
6、セックスとジェンダー
性差には、セックスとジェンダーがあり、セックスは身体的性別・生物学的性別であり、ジェンダーは社会的性別・文化的性別であると区分される。さらにジェンダーでは、単に性を区別するというだけではなく、そのあいだの差や、その性別を自己のアイデンティティとして自認できるかどうかということや、その性が担っていると思われる役割のイメージといったことが問題となる。たとえば、生物学的事実と社会規範的な役割のイメージを混同して捉えることは、たいへんな間違いである。社会規範的な役割イメージというものは、産まれたときから周りの社会環境で当然とされている場合が多いので、あたかもそれが動かぬ事実であると思いこんで育つ個人は少なくないように思うので、気をつけたいところだと思う。
〈引用〉
(1)鰺坂真編『ジェンダーと史的唯物論』南有哲「エコ・フェミニズムにおける科学と自然」p.189。
(2)同上、p.206。
(3)同上、鰺坂真「エンゲルスの家族論と現代」学習の友社、2005年、p.37。
(4)同上、南有哲「エコ・フェミニズムにおける科学と自然」p.208。
(5)同上、上田浩「ジェンダーと生殖医療」p.164。
(6)同上、p.165。
(7)同上、p.178。
〈参考文献〉
原ひろ子、根村直美編著『健康とジェンダー』明石書店、2000年
I.イリイチ著、玉野井芳郎訳『ジェンダー』岩波現代選書、1984年
【現代哲学】隔たりへの応答 ―レヴィナスの他者論について―
1、「他者」は「絶対的に他なるもの」
レヴィナスにとって「他者」とは「絶対的に他なるもの」である。それは、私の予測を常に超出して同化を許さないものであり、決して自我の自同性に回収されることはない。自我にとって捉えきれないものとしての他者はサルトルにおいても考えられていたが、サルトルにとって他者はどれほど把握しようとしても逃れ続けるもの、もしくは私を支配しようとするものとして現われていた。しかし、レヴィナスにとって自我と他者の関係は、そのようなお互いに支配しようと睨みあう主体同士の相克の関係ではなく、他者は自我の前に支配しようとすべきものとしては現われていない。
2、サルトル他者論とは対照的に、「顔」は受動的で避けられない現象である
では、レヴィナスの考える他者は自我にとってどのようなものであったのだろうか。これを「顔」という概念から考えると、他者の現前を表わすために用いられた「顔」は私に対して現れるものである。つまり、サルトルのいう自我と他者との相克の関係を、「まなざす」という対自的・能動的な行為と「まなざされる」という即自的・受動的な態度のあいだでの葛藤であったととらえると、レヴィナスの考える自我は他者に対する関係においては特に受動的な面が強調されている。さらに他者を見ることについての両者のとらえ方を比較すると、非常に対照的であることがわかる。他者は主体にとって支配しようとする対象であるとしてとらえていたサルトルにとって、他者を見ることは「まなざす」という主体的行為であったが、レヴィナスにおいては他者を見ることが、顔が現われてくるという受動的で避けられない現象となっている。なぜ他者の顔を見ることが受動的であるのかというと、それはレヴィナスが〈顔〉の無限性と呼ぶ性質によって、他者の顔は自我によって了解される類の内容を持って現れているわけではないからである。「顔は内容となることを拒むことで現前する。この意味において、顔は了解し内包することのできないものである。顔は見られもしなければ触れられもしない。なぜなら、視覚や触覚においては、自我の自同性が対象の他性を包含し、その結果、この対象はほかでもない内容と化すからである」(1)。完全にその意味するところがわかるのではない現われに対して、了解をすることはできない。だから、ただそこに何らかの表出があるということを受けとめるしかないのである。佐藤によると、自我が顔に対してまったく受動的に従属するのは「私の能動性が他なるものを「同」へと吸収する同の働きの一環だと見なされているからである。顔があらわにする他人が他なるもの、絶対的に他なるものであり、その絶対的に他なるものを絶対的に他なるものとしてそのまま遇するためには、能動的な「同」の働きによってそれを同へと取り込むことは避けなければならない。純粋な受動性を保つことではじめて、絶対他がそういうものとしてのままに私に接触することが可能になる」(2)のである。また、「志向性の観念は、単に質的かつ主観的でどんな対象かとも無縁とみなされている感覚のあり方から具体的所与としての性格を剥奪することで、感覚の観念を揺るがせた」(3)が、それは意識の志向性が同化の働きであったからであり、すべての感覚がたんに自我によって構成されたものではないのだと考えることは、他なるものからの訪れを享受するというあり方を認めることによって可能となる。絶対的に他なるものである他者だけでなく、他なるものに対しても、その他性を自我に還元しないためには受動的な態度が要されるということだ。
3、根底的な分離のある自我と他者は、関係を持つことができるのか
「絶対的に他なるもの」という表現からもわかるように、レヴィナスにおいて自我と他者とのあいだには根底的な分離がある。これは、身体性から人間をとらえたメルロ=ポンティが私と他者を同じ構造をもったものとして捉えたのとは異なっている。他者は私と同じものではない。自我から他者への関係のあいだには、底がないほど深い隔たりがあるである。これに関して「およそ倫理が可能であるとするならば、ひとはあらかじめ〈他者への関係〉のうちに存在していなければならない。他者との関係が、私が私であることの、なりたちそのものに食いこんでいるなにごとかであるとすれば、倫理とはこの私にとっても避けがたい、応答すべき問題であり応答という問題であることになるだろう」しかし「他者とは私との差異であり、わたしからの隔たりそのものであるような、なにものかのことである。そうであるとすれば、そうした絶対的な差異であるもの、はるかな隔たり自体であるものとの関係を、どのようにして思考することができるのだろうか」(4)という問題がある。「絶対的に他なるもの」である他者に対して私は絶対的な責任を負っていると、レヴィナスはいうが、まったく隔たりの向こうにあるものに対して私に責任があるというのは一体どういうことなのか。一般的に責任というと主体的な関わりをもったものに対して負うものであるし、自我と他者のあいだに絶対的な隔たりがあるというのなら、自我と他者は関係を持つことができるのかということすら疑問に思えるものである。
4、私の自同性に還元できない他者は、言葉によって現出する
この問題にこたえるのは、言葉の存在である。熊野によると「ことばが他者と私との間で交わされるのも、他者が私からの絶対的な差異であるからである。隔たりが存在しないのなら、ことばが取り交わされる理由もまた存在しない」(5)。なぜ言葉が交わされるのかというと、それはそこに私ではない人がいるからであり、他者は私と同じではないがゆえに私は言葉を交わすのだ。言説は自我の容量を超えて他者を受容することである。「教えは外部から到来し、私が内包するより多くのものを私にもたらす」(6)からこそ、私にとって意味がある。他者をもしも私の自同性に還元することが可能であったとしたら、そのような他者はもはや他者とは呼べないものではあるが、私はその他者のことでわからないことは何もなく以心伝心であり、このような状態でも言葉を交わすとしたら私たちはひとりごとを発する必要があるということを立証しなければならないだろう。レヴィナスは「事実、発語は比類なき現出である。というのも、発語が成就するのは、記号を起点として、意味するものおよび意味されるものへと赴く運動ではないからだ。意味されるものへの通路を開くまさにその瞬間、記号は何かを閉ざすのだが、これに対して発語は、意味されるものの現出に意味するものを臨在させることによって、記号が閉ざしたものの閂を外す」(7)という。ここでの現出とはすなわち、他者の現出である。絶対的な隔たりの彼方にいる他者は発語によって私の前に現出してくるのであり、私は他者との関係の中にいるのだということを示しているのが言語の存在なのである。そこで特に重要なのは、言語が記号として含んでいる意味情報ではなく、他者へと言語を発する行為だ。他者からの記号に含まれている意味を解釈しようとするのは同化であり、言語は歓待して迎え入れるべき他なるものの現われなのである。現実になぜ私たちが挨拶を交わすのかというと、挨拶は「私はここにいて、あなたがそこにいることを認めている」というメッセージだと考えられる。
5、(疑問)レヴィナスの自我は「顔」を持つのか
言語の存在によって他者は現前し、他者との関係の内にある私にとっての倫理を問題にできることがわかった。ここでもう一つ問題であるのは、レヴィナスが要求する絶対的な責任は自他非対称な責任であって、他者に私に対しての責任を要求することはできないが、私には他者に対する無限の責任があるという点である。ここでは深く追求しないが、レヴィナスにとって他者の現前が「顔」であったということから、自我は「顔」を持たないものなのではないだろうかと推察することができる。実際にレヴィナスが「顔」というとき、それは他者によって見られる自分の「顔」ではなく、ただ自我に対して現れてくる他者の「顔」だけであるように思われる。顔の表出は私がその訴えに耳をふさぐことができないものであるのも、完全に孤独で生まれ死んでいく人がありえないように他者は私の前に顔を現しているからであり、一方、私の顔は鏡面に移った虚像として以外、直接私の眼前に現れてくることはありえないものだということが関係あるのかもしれない。
<引用文献>
- エマニュエル・レヴィナス著、合田正人訳『全体性と無限 ―外部性についての試論―』国文社、1989年、p.292。
- 佐藤義之『物語とレヴィナスの「顔」 ―「顔」からの倫理に向けて―』晃洋書房、2004年、p.34。
- エマニュエル・レヴィナス、前掲書、p.282。
- 熊野純彦『差異と隔たり 他なるものへの倫理』岩波書店、2003年、p.v。
- 同上、p.xii。
- エマニュエル・レヴィナス、前掲書、p.61。
- 同上、p.278。
<参考文献>
内田樹『他者と死者 ラカンによるレヴィナス』海鳥社、2004年。
サロモン・マルカ著、内田樹訳『レヴィナスを読む』ポリロゴス叢書、1996年。
【現代哲学】メルロ=ポンティの他者論 〜共存する主体という事実〜
1、メルロ=ポンティ他者論は、サルトルの批判を起点とし独我論を脱する
メルロ=ポンティの他者論は、サルトルの他者論を批判するところから始まる。サルトルは、人間の実存を、意識的存在である対自存在としてのありかたと物的存在である即自存在としてのありかたの二種があるとして分けた。そして他者に対しての人間存在としては、対自存在と対自存在が出会った場面では、両方が主体として共存することは不可能であり、双方が相手を対象化しようとする相剋の関係をそこに見てとった。
メルロ=ポンティはこれについて、人間が対自存在か即自存在のどちらかとしてあるという分け方は、人間が<世界にある>存在であることを無視した分類であると指摘する。世界のなかにおいて人間は、ただの物であることはないし、完全に意識だけであることもありえないからである。メルロ=ポンティにとって世界のなかにある人間存在は、物質的であると同時に意識的であった。そしてこのように人間存在が両義性を持っているということは、身体的存在としてのありかたそのものだ。身体は、物理的にとらえられるという面と、主体の意志によって動かされるという面を同時に実現している存在なのである。
他者論としては、サルトルが意識的存在である対自存在が主体的なありかたであり、複数の主体が共存することはできないとしたことから独我論的な傾向を持っていたのに対し、メルロ=ポンティのように両義性を持ち合わせた身体的存在として人間の主体を考えると、主体の共存は可能であるどころか、現実的に主体は共存しているとしか思えなくなる。主体の定義を変えることによってメルロ=ポンティは独我論を抜け出したのだと言える。
2、メルロ=ポンティの主体の概念=身体的存在とは何か
では、メルロ=ポンティが主体の概念とした身体的存在としての主体はどのようなものであり、独我論的であり他者と共存することのできない主体概念とはどう違っているのだろうか。
メルロ=ポンティが批判する他者と共存することのできない主体概念は、対自存在と即自存在に分けられるサルトルの主体概念だけではない。主体の物質的側面と意識的側面は身体というありかたとして統合されており、分けられるものではないというサルトルへの指摘はそのまま、デカルトが人間の「考える」という意識的働きだけを信じられるものとして、感覚は疑わしいものであると切り捨てたことへも当てはまるものである。メルロ=ポンティは、幻影肢という症状をあげて、「幻影肢が一方では生理的諸条件に依存し、その限りでは第三者的な因果性の結果でありながら、それでいて他方では、患者の個人的経験や彼の記憶や情動または意志に所属することができるはどうしてであるか、わけがわからぬ」(1)というように、生理学的説明だけでも心理学的説明だけでも十分にこの現象を説明することはできないことから、身体としての人間のありかたは「心的決定因と生理的条件がどんなふうに噛み合っているか」(1)が問題になるという。メルロ=ポンティにとって「私とは私の身体である」(2)のであり、デカルトのように思惟する実態という意識的存在としての「私」は、意識的側面と物質的側面をあわせもった身体的存在の片面のみなのだ。
3、メルロ=ポンティは、観念上の世界ではなく事実の世界を求める
デカルトの言うように感覚は誤りうるものであるが、メルロ=ポンティは、あくまでも<現実的なもの>にこだわる。感覚が誤りうるものであるにしても、そこには誤った感覚というものがあるのであり、錯覚が錯覚として語られるということは錯覚を錯覚として認めているからなのである。観念上の世界ではなくて事実の世界を求めるとき、誤りうる知覚は、誤っていてもそこに事実としてあるとしか思えないものとしては真理なのだといえる。
同様に、そこに事実としてあるとしか思えないものを真理としてあつかったとき、世界や他者というものは語ることができるものとなる。「世界とは、私が思惟しているものではなくて私が生きているものであって、私は世界へと開かれ、世界と疑いようもなく交流しているけれども、しかし私は世界を所有しているわけではなく、世界はいつまでも汲みつくせないものなのだ」(3)。メルロ=ポンティにとっての世界とは、思惟の結果構成させるものではなく、自分の頭のなかだけにあるものでもない。それは、交流が可能であり関係を作ることのできるすべてのものなのである。この世界と交流するときには、私は必ず身体というありかたで存在している。身体の能力としての知覚こそが、世界を私の前に提示することができるからだ。
4、世界も他者も、交流できるが汲みつくせない
疑いようもなく交流できるけれども、決して汲みつくせないという世界のありかたは、私と同じく身体的存在として世界のなかにいる他者の、私にとってのありかたも同様である。他者と言葉を交わすとき、言葉の意味というのが人の経験よって違うニュアンスをもってくるということを考えると「意識は自ら経験のなかに入れておいたものだけしか己の経験のなかに見出すことはできないということ」(4)が真実らしく思える。そしてこうなると、主体同士で意志を伝達するというのはありえないということになる。各々が自分の経験にそった意味だけを交わす言葉のうちに見出すということが、言葉のやりとりの結果であり、「何一つとして一方の意識から他方の意識に移行するものはない」(4)からだ。しかし、事実はそうではないからこそ、私たちは言葉を交わすのである。「事実は、我々は自分が自発的に考えていたよりも以上のことを理解する能力を備えている、ということなのだ」(4)とメルロ=ポンティはいう。言語のなかには思惟があり、他者に従って思惟する能力を私たちは備えているので、他者と言葉を交わすことによって、意識はそのなかにそれまでなかったものを生じさせることができるのである。
5、主体=身体、知覚=真実として、ただそうあるようにしか思えないという存在のありかたを記述した
メルロ=ポンティにとっての課題は、明証性や確実性を世界のなかに求めることではなかった。「知覚世界の全幅にあいまいさが拡がっている」(5)というように、主体を身体として、知覚を真実として考えることは、世界にあいまいさを拡げることにつながるというのは、メルロ=ポンティもわかっていたことである。しかし「世界の問題、そしてその手初めとして自己の身体の問題は、すべてがそこに在りつづける、というこの一事のなかにかかっているのである」(6)。どんなにあやふやなものであっても、自己は身体としてあるのであり、世界や他者は交流可能なものとして広がっている。論理的な明証性よりも、ただそうあるようにしか思えないという存在のありかたを記述しようとすることが、メルロ=ポンティがその哲学によって試みたことであったため、メルロ=ポンティの主体の概念は他者との共存が可能なものであったのだと考えられる。
- 作者: モーリス・メルロ=ポンティ,竹内芳郎,小木貞孝
- 出版社/メーカー: みすず書房
- 発売日: 1967/12/01
- メディア: 単行本
- 購入: 2人 クリック: 29回
- この商品を含むブログ (33件) を見る
<引用文献>
【現代哲学】メルロ=ポンティの哲学テーマと言語表現
1、哲学者は詩人でありうるか?
メルロ=ポンティが自らの哲学的問題を考察するときに使用する言語が「詩的」だという指摘がある。言語とは何かという問題をあくまでも哲学的に探究した言語論展開者の言語表現が、一見したところでは哲学とまったく異なる営みであるように思われる詩と、なぜ同じものであるかのように解されるのかを考えてみたい。
熊野純彦は、メルロ=ポンティを紹介する入門書を著すさいに、その副題を「哲学者は詩人でありうるか?」とした。これは、「すぐれた詩人や哲学者は、知とことばのとばりを引き裂いて、世界との接触を回復し、その経験を、ふたたびことばによって語りだそうと」(1)するからであり、また「日常のなかでは、普通のことばによって覆われてしまっている、経験の始原的な次元を探りあて、もう一度ことばにもたらすことが、メルロ=ポンティにとっても問題」(1)であったからである。詩とは何か、哲学とは何かという問いの答えは詩人、哲学者の数だけあるとしても、メルロ=ポンティを含む多くの哲学者の思考は、このような意味で詩人たちと問題を共有し、困難を分かち合っていたと熊野は主張する。
2、詩と哲学の共通性は、根源的パロールであること
メルロ=ポンティは、話されることばであるパロールを二つに分ける。そのひとつは、対象化されたことば、すでに獲得された思考を表すパロールであり、これは二次的なものである。そしてもうひとつが、思考を私にとって初めて表す根源的なパロールである。(2)メルロ=ポンティにとって思惟のあり方とは「自分の対象についての十全な規定をまだもっていない意識、自分自身を説き明かしていない生きられた論理の意識、自然的標識の経験によってのみ己を知る内在的意味の意識」(2)なのであり、このような対象以前の意識を固定された表現のなかに閉じ込めることが、思惟の言語化であった。このとき、すでに獲得された思考ではなく、私にとって初めて思考を表すものとなるという点で、哲学における言語表現と詩作における言語表現とはともに、対象化されないものを語る根源的パロールであるという共通性がある。「世界を見つめなおし、絶えず経験そのものを更新することをこころみる思考のことば、通常のことばがとどかない領域に向けて、なおことばをつなごうとする哲学的な思考を紡ぐことばが、そのなりたちにおいて詩のことばとかよいあうもの」(3)なのである。
3、主観性や観念論的語彙を避けたため、メルロ=ポンティの言葉は根源的パロールとなった
また、加賀野井秀一は、メルロ=ポンティの表現には「詩的=存在論的=呪術的スタイル」の曖昧さしか見いだせないという者は、メルロ=ポンティの事情を汲み取らないからだと批判する。加賀野井によれば、メルロ=ポンティの言語表現が「詩的」と解される元となる事情というのは「「意識の哲学としての現象学の最後の仕事は自分自身と非=現象学との関係を理解することだ」という態度を固め、主観性や観念論的語彙を払拭しようとする点」(4)にある。メルロ=ポンティは「ゲシュタルト学説の誤りを衝くに、それがもはや「<ゲシュタルト>に即して考えられていない」と断じ、問題が「心理学によってこれまでいつも立てられてきた用語のままで立てられている」点を攻撃している」(5)。言語を変えることの不徹底が<元の木阿弥>をもたらしたということである。おそらくはこの自ら指摘したゲシュタルト学説の誤りを鑑みて、メルロ=ポンティは現象学においては同じ轍を踏まないようにするがごとく、主観性や観念論的に使い古された語彙の使用を避けた。そしてその結果、彼のことばは思惟されたものを初めて表すような根源的パロールとなったのだろう。そのような言語表現の生成過程は詩文のものとよく似た特徴を持つ、ということだ。
4、メルロ=ポンティの哲学は小説で表された方がよかったか?
『知覚の現象学』刊行の一年後に、メルロ=ポンティは研究報告を行い、それは『知覚の現象学』で彼が展開した様々なモチーフのうち、特に中心となるテーゼを要約しなおし、またすでに開始されていたと思われるさまざまな批判や反論に対して、自説を擁護するために企てられたものだった。その講演後の質疑応答において、ブレイユから「あなたの考え方は、哲学よりも小説や絵画において表現されるほうがいいと思いますね。あなたの哲学は、小説の世界に接しています。このことは欠陥だというのではありませんよ。われわれが小説家の作品の中に見出すような現実性が直接示唆するところのことと、あなたの哲学は境を接していると思うのです」(6)という意見が投げかけられた。私はこの意見に対し、半分のところは的を射ているが、半分のところはまったく的外れであると思う。というのも、読者が小説のなかに見出すような現実性が直接示唆するところのこととメルロ=ポンティの哲学が近いところにあるというのは、メルロ=ポンティ自身が「私としては、諸々の学説を並べたような問題にではなく、具体的な問題に対して答えていきたい」(7)といっていることからもわかるように、メルロ=ポンティの問題がある種の現実感覚に端を発しているものであるので、当然といえば当然のことである。メルロ=ポンティの問題は、すでに抽象化された言語の概念においてあるのではない。メルロ=ポンティが「知覚される出来事というものは、この出来事の生起に際して知性が構成するところの、透明な諸関係の全体の中に、決して解消されてしまう筈がない」(8)のだというのも、「メルロ=ポンティが問題とする知覚は、たんに反省によって眺められるような、対象としての意識の出来事ではない。彼の知覚は、意識的であるよりもむしろ前意識的であり、人称的であるよりもむしろ前人称的で」(9)あったからである。言語になる前の現実というのは、まさに言語にし難いものであるので、そのようなものはどのように語れば表すことができるのかということは、彼においては困難な課題であったに違いない。これが、熊野がいうところの「メルロ=ポンティが引き受けた詩人の辛苦」である。
5、哲学と詩の違い
しかし、小説の中に見られる類の現実性が示唆することとメルロ=ポンティの哲学が近しいところにあるからといって、メルロ=ポンティの考え方が小説や絵画において表現されるほうがいい、ということには決してならない。詩、小説、絵画はまったく相を異にする表現形態をとるものであり、それらをひとくくりにして語るのはかなり抵抗があるが、ここで試みたいのは芸術論ではないので、哲学との対比としてひとまずそれらの違いは置いておくことにする。詩、小説、絵画などと哲学は、どんなに隣接していようともやはり一線を画しているのである。メルロ=ポンティは「文学が、芸術が、生の営みが、物そのもの、感覚的事物そのもの、実在物そのものをかりてなされ、極限にまでいった場合は別にして、習慣的なもののなか、構成されたもののなかにとどまるという幻想をみずからも持ち、また他にも与えうるのに対し、絵具も使わず銅板画のように白黒で描く哲学は、この世界の奇怪さを、人々が哲学と同じくらいまたそれ以上見事に、だが半ば沈黙の中で対決しているこの世界の奇怪さを、忘れ去ることを我々に許さないのである」(10)と、文学や芸術などと哲学の違いを言っている。また熊野によれば「詩人がことばを撚りあげ、詩句を編みあげようとするとき、通常の意味での時間は流れていない。詩のことばは瞬間をとどめ、現在を永遠なものとして語りだすことができるのである。哲学のことばはこれに対して、あくまで時間のなかで紡ぎだされるほかはない。哲学者はいつでも、時間の中で永遠に追いつこうとする」(11)。だから、哲学はおよそ完結することのありえないこころみとなることだろう。問いの生まれる源泉としてあるのはともに現実の経験そのものであるとしても、詩では問いに答えを与えることが再び問いとなるようであり、哲学では問いの前で立ち尽くし答えを求め続けるようになるというふうに、問いに対する働きかけの点においては異なっているのである。
メルロ=ポンティ―哲学者は詩人でありうるか? (シリーズ・哲学のエッセンス)
- 作者: 熊野純彦
- 出版社/メーカー: 日本放送出版協会
- 発売日: 2005/09
- メディア: 単行本
- 購入: 2人 クリック: 6回
- この商品を含むブログ (35件) を見る
<引用文献>
- 熊野純彦『メルロ=ポンティ 哲学者は詩人でありうるか?』NHK出版 シリーズ哲学のエッセンス、2005年、p.10。
- 講義資料12より。
- 熊野、前掲書、p.21。
- 加賀野井秀一『メルロ=ポンティと言語』世界書院、1988年、p.276。
- 同上、p.69。
- M.メルロ=ポンティ著、菊川忠夫訳・解説『メルロ=ポンティは語る―知覚の優位性とその哲学的帰結―』御茶の水書房、1981年、p.43。
- 同上、p.50。
- M.メルロ=ポンティ著、菊川忠夫訳、前掲書、p.20。
- 同上、p.75。
- メルロー=ポンティ著、竹内芳郎、海老坂武、栗津則雄、木田元、滝浦静雄訳『シーニュⅠ』みすず書房、1969年、p.31。
- 熊野純彦、前掲書、p.105。
【現代哲学】現象学と言語表現 ーメルロ=ポンティとサルトルよりー
1、メルロ=ポンティの哲学が「詩的」である理由
メルロ=ポンティが自らの哲学的問題を考察するときに使用する言語が「詩的」だという指摘がある。言語とは何かという問題をあくまでも哲学的に探究した言語論展開者の言語表現が、一見したところでは哲学とまったく異なる営みであるように思われる詩と、なぜ同じものであるかのように解されるのだろうか。熊野純彦によれば、これは、「すぐれた詩人や哲学者は、知とことばのとばりを引き裂いて、世界との接触を回復し、その経験を、ふたたびことばによって語りだそうと」(1)するからであり、また「日常のなかでは、普通のことばによって覆われてしまっている、経験の始原的な次元を探りあて、もう一度ことばにもたらすことが、メルロ=ポンティにとっても問題」(1)であったからである。詩とは何か、哲学とは何かという問いの答えは詩人、哲学者の数だけあるとしても、メルロ=ポンティを含む多くの哲学者の思考は、このような意味で詩人たちと問題を共有し、困難を分かち合っていたと熊野は主張する。
2、哲学と詩作の言語表現はともに、対象化されないものを語る根源的パロールである
メルロ=ポンティは、話されることばであるパロールを二つに分ける。そのひとつは、対象化されたことば、すでに獲得された思考を表すパロールであり、これは二次的なものである。そしてもうひとつが、思考を私にとって初めて表す根源的なパロールである。(2)メルロ=ポンティにとって思惟のあり方とは「自分の対象についての十全な規定をまだもっていない意識、自分自身を説き明かしていない生きられた論理の意識、自然的標識の経験によってのみ己を知る内在的意味の意識」(2)なのであり、このような対象以前の意識を固定された表現のなかに閉じ込めることが、思惟の言語化であった。このとき、すでに獲得された思考ではなく、私にとって初めて思考を表すものとなるという点で、哲学における言語表現と詩作における言語表現とはともに、対象化されないものを語る根源的パロールであるという共通性がある。「世界を見つめなおし、絶えず経験そのものを更新することをこころみる思考のことば、通常のことばがとどかない領域に向けて、なおことばをつなごうとする哲学的な思考を紡ぐことばが、そのなりたちにおいて詩のことばとかよいあうもの」(3)なのである。
3、「メルロ=ポンティは小説を書いた方がいい」という揶揄と、文学と哲学を画す一線
『知覚の現象学』刊行の一年後に、メルロ=ポンティは研究報告を行い、それは『知覚の現象学』で彼が展開した様々なモチーフのうち、特に中心となるテーゼを要約しなおし、またすでに開始されていたと思われるさまざまな批判や反論に対して、自説を擁護するために企てられたものだった。その講演後の質疑応答において、ブレイユから「あなたの考え方は、哲学よりも小説や絵画において表現されるほうがいいと思いますね。あなたの哲学は、小説の世界に接しています。このことは欠陥だというのではありませんよ。われわれが小説家の作品の中に見出すような現実性が直接示唆するところのことと、あなたの哲学は境を接していると思うのです」(4)という意見が投げかけられた。私はこの意見に対し、半分のところは的を射ているが、半分のところはまったく的外れであると思う。というのも、読者が小説のなかに見出すような現実性が直接示唆するところのこととメルロ=ポンティの哲学が近いところにあるというのは、メルロ=ポンティ自身が「私としては、諸々の学説を並べたような問題にではなく、具体的な問題に対して答えていきたい」(5)といっていることからもわかるように、メルロ=ポンティの問題がある種の現実感覚に端を発しているものであるので、当然といえば当然のことである。メルロ=ポンティの問題は、すでに抽象化された言語の概念においてあるのではない。メルロ=ポンティが「知覚される出来事というものは、この出来事の生起に際して知性が構成するところの、透明な諸関係の全体の中に、決して解消されてしまう筈がない」(6)のだというのも、「メルロ=ポンティが問題とする知覚は、たんに反省によって眺められるような、対象としての意識の出来事ではない。彼の知覚は、意識的であるよりもむしろ前意識的であり、人称的であるよりもむしろ前人称的で」(7)あったからである。言語になる前の現実というのは、まさに言語にし難いものであるので、そのようなものはどのように語れば表すことができるのかということは、彼においては困難な課題であったに違いない。これが、熊野がいうところの「メルロ=ポンティが引き受けた詩人の辛苦」である。
しかし、小説の中に見られる類の現実性が示唆することとメルロ=ポンティの哲学が近しいところにあるからといって、メルロ=ポンティの考え方が小説や絵画において表現されるほうがいい、ということには決してならない。詩、小説、絵画はまったく相を異にする表現形態をとるものであり、それらをひとくくりにして語るのはかなり抵抗があるが、ここで試みたいのは芸術論ではないので、哲学との対比としてひとまずそれらの違いは置いておくことにする。詩、小説、絵画などと哲学は、どんなに隣接していようともやはり一線を画しているのである。メルロ=ポンティは「文学が、芸術が、生の営みが、物そのもの、感覚的事物そのもの、実在物そのものをかりてなされ、極限にまでいった場合は別にして、習慣的なもののなか、構成されたもののなかにとどまるという幻想をみずからも持ち、また他にも与えうるのに対し、絵具も使わず銅版画のように白黒で描く哲学は、この世界の奇怪さを、人々が哲学と同じくらいまたそれ以上見事に、だが半ば沈黙の中で対決しているこの世界の奇怪さを、忘れ去ることを我々に許さないのである」(8)と、文学や芸術などと哲学の違いを言っている。また熊野によれば「詩人がことばを撚りあげ、詩句を編みあげようとするとき、通常の意味での時間は流れていない。詩のことばは瞬間をとどめ、現在を永遠なものとして語りだすことができるのである。哲学のことばはこれに対して、あくまで時間のなかで紡ぎだされるほかはない。哲学者はいつでも、時間の中で永遠に追いつこうとする」(9)。だから、哲学はおよそ完結することのありえないこころみとなることだろう。問いの生まれる源泉としてあるのはともに現実の経験そのものであるとしても、詩では問いに答えを与えることが再び問いとなるようであり、哲学では問いの前で立ち尽くし答えを求め続けるようになるというふうに、問いに対する働きかけの点においては異なっているのである。
4、サルトルにおける哲学と文芸
ところが、メルロ=ポンティと同時代に活躍し、その思想の類似点と相違点から比較されることも少なくないサルトルは、哲学者として名をあげながら、文学の世界でも作品を残している。メルロ=ポンティにとっては明らかに区別されていた哲学と文芸は、サルトルにおいてはどのようなものだったのだろうか。
二人がともに試みた現象学は、意識に現れるものによって世界を説明しようとするものである。人間の知覚には限りがあり真の物体をとらえることは不可能だと、経験の世界と対比して本質の世界を仮定的するのをやめて、存在するものの存在とはまさにそれが意識の中に現れるところのものにほかならないと考える。サルトルとメルロ=ポンティがテーマとしてあつかう領域には、かなりの重なりが見られ、重なるところがあればこそ違いを見出すことができる。思想とそれを言語として表現する形態から、サルトルはメルロ=ポンティとどう異なっていたのかを見ていきたい。
サルトルは存在の領域には二種類があるとした。そのひとつは意識の存在であり、「それがあるところのものであらず、それがあらぬところのものであるもの」であるようなあり方である。これをサルトルは「対自存在」と呼ぶ。「それがあるところのものであらず、それがあらぬところのものである」というのは、あらゆる意識が何ものかについての意識であるからだ。意識は何の内容も持たない意識ではありえず、主体が意識を持つとき必ずそこには意識される対象がある。このような何かに向かう性質を意識の「志向性」という。意識は決して意識される対象そのものにはなりえず、主観が脱自してその外部に距離を置いてある対象へと向かう働きが意識なのである。そして意識は、このように対象に向かう対象定立的意識であると同時に、自己自身についての意識でもある。ただし、自己自身についての意識は、対象についての意識が定立的であるのに対し、非定立的である。対象意識は意識されるものが意識されずにはありえないが、自己意識は自己を意識せずとも意識しているという構造になっている。
もう一つの存在の領域は、現象の存在であり「即自存在」という。これは「あるところのものであり、それがあらぬところのものであらぬ」ような存在である。即自存在はまったき肯定性であり、それがあるところであるそれ以外のあり方は問題とされない。自己と比べうるような他性を知らず、外に対立するような内も持たない。かたまり的に現れるすべてをそのまま肯定するのが即自存在である。人間は即自存在である偶然的な自分自身を根拠づけるために、自己の外に出て自分以外の存在へと向かう。そして神ではない人間において、即自存在と対自存在は同時に両立するものではないので、「対自とは『自己を意識として根拠づけるために、即自としての自己を失う即自』である」(10)。サルトルは、このような現在の自分を否定し常に未来をつくっていく存在を「実存」と考えた。脱自という特性をもった自己意識を持つ人間存在は、ありのままの自己以外にあるべき自己の姿を考え、それに向かって行動する。これをサルトルは「投企」と言う。サルトルにとって人間は、みずからによってみずからつくられたものなのである。
サルトルは文学としての彼の代表作である小説『嘔吐』の中で、「対自存在」を描いて見せる。松浪は「私がどんなに身を振りほどこうとしてもどこまでも私に付きまとって離れない一つのあじきない味わい、私の味であるこの味わいを、私の対自によってとらえること、それが小説『嘔吐』の中に記述されるような「吐き気」である」(11)という。『嘔吐』の主人公は、ものを見つめ続け、気分が悪くなる。自分の顔を見つめ続けるとそれはだんだん猿のような化け物に見えてくるし、カフェでガラスのコップを見つめ続けると世界がおかしくなって吐きそうになる。ものを見続けると世界から離れてしまうような気がするのは、日常の世界では対象としてのものはすべて私にとって何らかの意味をもった道具としてあるからである。ものを見続けることは、そのものに与えられている使用価値をそのものから引き剥がすことになる。このような感覚で目に入る対象をまなざし続けたら、確かに気分は悪くなり目の回るような気がするだろう。おかしいのは世界なのか、自分なのか。対象に与えられているように日常では思われている意味というものは、見つめ続けるだけでゆらぎ始めるような不確かなものである。しかし社会的生活の大部分の場面ではそれが前提とされているのである。
5、哲学の難しさは本質と言葉の性質に起因する
メルロ=ポンティが使うような詩的言語を交えたものに限らず、哲学が一般的に難しいと思われているのは、ここのところに原因があるだろう。求められる本質は、日常のどこにでもあるものであり、日常のすべてであると言い換えることも可能でありながら、まさに日常を生きているといえるようなさなかにはいつも潜み隠れてしまっており、見つけられないものなのである。晩年のメルロ=ポンティが使った「見えるもの」と「見えないもの」という言葉を借りると、サルトルは見えるものを描くことで見えないものを表そうとしたのに対し、メルロ=ポンティは見えないものを見るために書いていた側面があるといえるのではないだろうか。
メルロ=ポンティ―哲学者は詩人でありうるか? (シリーズ・哲学のエッセンス)
- 作者: 熊野純彦
- 出版社/メーカー: 日本放送出版協会
- 発売日: 2005/09
- メディア: 単行本
- 購入: 2人 クリック: 6回
- この商品を含むブログ (35件) を見る
<引用文献>
【現代哲学】「存在と無」にみるサルトルの主体の概念と『嘔吐』
1、現象学とは
現象学は、意識に現れるものによって世界を説明しようとする試みである。人間の知覚には限りがあり真の物体をとらえることは不可能だと、経験の世界と対比して本質の世界を仮定的するのをやめて、存在するものの存在とはまさにそれが意識の中に現れるところのものにほかならないと考える。
2、「対自存在」は意識の存在
サルトルは存在の領域には二種類があるとした。そのひとつは意識の存在であり、「それがあるところのものであらず、それがあらぬところのものであるもの」であるようなあり方である。これをサルトルは「対自存在」と呼ぶ。「それがあるところのものであらず、それがあらぬところのものである」というのは、あらゆる意識が何ものかについての意識であるからだ。意識は何の内容も持たない意識ではありえず、主体が意識を持つとき必ずそこには意識される対象がある。このような何かに向かう性質を意識の「志向性」という。意識は決して意識される対象そのものにはなりえず、主観が脱自してその外部に距離を置いてある対象へと向かう働きが意識なのである。そして意識は、このように対象に向かう対象定立的意識であると同時に、自己自身についての意識でもある。ただし、自己自身についての意識は、対象についての意識が定立的であるのに対し、非定立的である。対象意識は意識されるものが意識されずにはありえないが、自己意識は自己を意識せずとも意識しているという構造になっている。
3、小説『嘔吐』は「対自存在」を描写している
「私がどんなに身を振りほどこうとしてもどこまでも私に付きまとって離れない一つのあじきない味わい、私の味であるこの味わいを、私の対自によってとらえること、それが小説『嘔吐』の中に記述されるような「吐き気」である」(1)と松浪はいう。『嘔吐』の主人公は、ものを見つめ続けると気分が悪くなるという。自分の顔を見つめ続けるとそれはだんだん猿のような化け物に見えてくるし、カフェでガラスのコップを見つめ続けると世界がおかしくなって吐きそうになる。おかしいのは世界なのか、自分なのか。ものを見続けると世界から離れてしまうような気がするのは、日常の世界では対象としてのものはすべて私にとって何らかの意味をもった道具としてあるからだ。ものを見続けることは、そのものに与えられている使用価値をそのものから引き剥がすことになる。このような感覚で目に入る対象をまなざし続けたら、確かに気分は悪くなり目の回るような気がするだろうし、社会的には少数派になるかもしれない。しかし、それがそのようにあることの不思議を味わうことよりほかに、まさに生きているといえる瞬間、生きている不思議を思い知れる瞬間があるだろうか。
4、「即自存在」は現象の存在
さて、もう一つの存在の領域は、現象の存在であり「即自存在」という。これは「あるところのものであり、それがあらぬところのものであらぬ」ような存在である。即自存在はまったき肯定性であり、それがあるところであるそれ以外のあり方は問題とされない。自己と比べうるような他性を知らず、外に対立するような内も持たない。かたまり的に現れるすべてをそのまま肯定するのが即自存在である。
人間は即自存在である偶然的な自分自身を根拠づけるために、自己の外に出て自分以外の存在へと向かう。そして神ではない人間において、即自存在と対自存在は同時に両立するものではないので、「対自とは『自己を意識として根拠づけるために、即自としての自己を失う即自』である」(『存在と無Ⅰ』p.225)(2)。サルトルは、このような現在の自分を否定し常に未来をつくっていく存在を「実存」と考えた。脱自という特性をもった自己意識を持つ人間存在は、ありのままの自己以外にあるべき自己の姿を考え、それに向かって行動する。これをサルトルは「投企」と言う。サルトルにとって人間は、みずからによってみずからつくられたものなのである。
5、他者のまなざしは主体「私」を対象とする
主観と主観が出会うとき、他者にまなざされた私はどのようにあるのか。私の意識において現れる他者の憶測性、蓋然性によって、他者の対象性は私と他者の根本的関係ではないが、他者の主観性を想定することによって私は他者に対してある存在、他者にとっての対象となる。自分で自分自身をつくる対自存在としての私とは違い、他者に対象化された対他存在としての私というのは、私にはどうにもできないどころか明確に知ることすらできない。他者のまなざしは主体としての私を対象とするのである。逆に、私がまなざした他者はどうであるかというと、他者は私の関係づけを逃れる関係づけの中心として存在する。『嘔吐』においては、「自分は変わっていくがあなたは変わらない」と言い張るアニーと、いや私も君と同じように変わっているのだと言う主人公の間で交わされる食い違いのある会話において、私の関係づけを逃れ続ける他者の姿が浮き彫りにされる。私はある人をとらえようとして諸々の対象とその人を関係づけて全面的に私に依拠したその人のイメージを持つが、その人は主観性を持って次々と私の知らなかった面を見せ、私の予期しなかった行動をつくりあげ、私がその人を対象化しようとすることから逃れていくのである。よって他者は、私がとらえようとするかぎりでは絶対に手の届かない存在であり、それは不在であるということができる。では、どのようにして我々は他者と出会うのかというと、それは他者からまなざされることによってである。私にとっての他者の存在は、私を対象化する存在としてのみ確かめることができる。他者のまなざしを意識することなしに私が対象化されることはないからだ。サルトルの言い方では、「他者は彼がまなざされている限りにおいてではなく、彼が私をまなざしている限りにおいて、私に対して現前的であるところのもの」(3)なのである。
6、<対自-身体>と<対他-身体>
サルトルは主観の入れ物としての人間の身体には、<対自-身体>と<対他-身体>という交通不可能な二つの次元の在り方があると分析した。<対自-身体>は身体の主観的側面であり、私に対する私の身体である。主体としての人間が最もはじめに出会う道具としての身体を行使している状態の身体がこの次元にある。歩くときに自分の足を意識しようとするとうまく歩けなくなるし、話すときに自分の舌を意識し始めたら、何も言えなくなるだろう。これはサルトルのいう<対自-身体>と<対他-身体>という二つの次元の在り方は交通不可能であるということである。
一方、<対他-身体>は身体の対象的側面であり、人の目にさらされた身体である。人の目にさらされた身体と一言にいっても、私にとってそこには、私がまなざす他者の身体と、他者によってまなざされた身体の二種類がある。前者は私がそれに対して観点をとりうるもので、完全に私の外部である世界の一部として現れるが、後者はそれがまさに私の観点であるという理由から、それに対して私が観点をとることができない観点である。私は私の身体に対して観点を持ちえないので、私が私の身体をとらえるときには他者によってまなざされた私の身体としてとらえることになる。
7、「私が私にとっては他者とはまったく違う特別な存在のあり方をしていたところで、人ごみに紛れてしまえば、それさえもありふれた主観のひとつである」
サルトルは『嘔吐』の中で主人公に「私は、自分が、何もしたくないのだということをよく知っている。何かをするとは存在を創造することだ―そしてそのように存在するものは、かなりたくさんあるのだ」(4)といわせている。「何かをするとは存在を創造することだ」というのは、人間はみずからによってみずからつくられたところのものであるという「投企」の人間観である。しかし彼は何もしたくないという。何かをすることで存在を創造している存在は私のほかにもかなりたくさんあるのである。「ブリベ通りに認められるあれら小さな黒い人間たち。一時間後に、私はその中の一人になるだろう」(5)丘の上から町を見下ろしながら、彼はあきらめたように言っていた。私が私にとっては他者とはまったく違う特別な存在のあり方をしていたところで、人ごみに紛れてしまえば、それさえもありふれた主観のひとつである。だから彼は「ためしに少しでも変化が起きるといい。私はそれ以上のことを要求しない」(6)と、ありふれた彼の主観としての存在のとらえ方が、本当にありふれたものになるように願っていたのだ。
<引用>
【倫理学概論】ケアの責任自体が生の享受であれ
1、自律的に生きること
工藤は、閉じた共同体内のあらかじめ定まっている道徳に従うことを他律として、自らが倫理的であろうと批判的に判断することを自律とする。そして「啓蒙の時代である近代に求められる理性の公共的使用は、共同体から一旦離れて考えてみるという決意と勇気であり、これまでの言葉で言い直せば、道徳を時には問い直す倫理であり、他律だけの未成年状態から脱却する自律である」(1)と、これからは自律的に生きなければならないというが、ここでいう自律して生きることとはただ自分勝手に自分にいいようにすることではない。この点は道徳であっても同様だと思われるが、倫理とは他者との関係の中で必要とされるものなのであり、それは当然他者に配慮したものでなければならない。
2、他者に対する倫理
他者に対する倫理には、私と同じ人間としての他者を自分と平等に大切なものとして扱おうとするものと、自分とはまったく異なっている他者を何よりも優先して扱おうとするものがあると考えられる。品川哲彦によると、前者はアリストテレスの言う「分配の正義」「共生の正義」「交換の正義」に代表される「正義の倫理」であり、これは誰にでも等しく適応される原理原則をめざしたものである。そして、後者のように他者を捉える倫理を品川は、ハンス・ヨナスの「責任の倫理」とキャロル・ギリガンの「ケアの倫理」をとりあげて考察する。「ヨナスの倫理理論は非対称な力関係を範型とし、傷つけられうる対象の側から傷つけうる主体にむけてつきつけられる責任によって基礎づけられる」(2)ものであり、例としては「乳飲み子は、存在をおびやかされている存在者であるがゆえに、回りの世界にたいして異論をはさめないしかたで、その世話をするようにという当為をつきつけている」(3)ということで、その責任を引きうけるかは決まっていないが、確かに感じうるものである。一方、「ケアの倫理は特定の内容の価値観や社会的役割と関わりなく、ただ、傷つきやすい、助けを必要とする人間観に立脚して」おり、現実の人々が置かれている文脈や状況において「身近な人間への気づかいを重視し、人間関係の良好な維持のために心を砕くことを倫理的と考えている」(4)。
3、責任の倫理とケアの倫理
品川によると「責任の倫理とケアの倫理はともに非対象的な力関係に由来する規範を基底とするゆえに、生身の人間の傷つきやすさ、生の損なわれやすさに配慮する」(5)。自他を非対称な力関係のうちに見ることは、正義の倫理が類似の状況や立場にある誰に対しても等しく適応される原理原則として描かれていることとは、特徴的に異なっている。また「ケアの倫理は苦しんでいる人を気づかうというその精神から、場合によっては、社会のなかで成り立っている既存の正義の観点からすれば、尊重すべき存在者の範疇から外れている存在(たとえば、犯罪者、敵国の人間など)へのケアをも要請する」(6)が、ここで品川のいう「正義」は、工藤のいう「道徳」に近いところがあると思われる。それらは特定の範囲を持った集団の中で適応されるものであり、正義が公平や平等をめざしたところでアリストテレスの時代であれば奴隷や女性は人格として認められていなかったように、適応外のものへ対しては一切の配慮を欠いているのだ。ところが「責任は、私と異なる存在者からの呼びかけにも端的に応えうる」(7)のであり、外部に対して開かれていると言える。「私たちは複雑になった現代に、実に多様な共同体の重なりありの中に生きている。いくつもの道徳や規範がぶつかりあうとき、私たちは安定した役割を超え出る自律的判断を求められている」(8)と工藤は言う。ある集団のなかでの正義がほかのところではまったく通用しないということは十分あり得る状況にあっては、ひとつの共同体の中に閉じこもることで安心したいと思うこともあるだろうが、現状として複雑に共同体が重なっているのであれば、それぞれの状況を鑑みて自分で判断するしかない。「信頼思考の強い人ほど、よく他者を観察し、原則的には他者を信頼しながら、信頼できない人を見分ける判断力に優れている」(9)であり、閉じた共同体に守られて安心するのではなく見知らぬものを認めて判断していかなければ、世界を開いていくことはできない。また、ケアの倫理が「既存の正義による保護から外れた外部にたいしても不当であるまいとする態度の表われ」(10)だといわれるように、外部に目を向けることは共同体内部の道徳から離れて、自分自身で倫理を見出すことにもつながる。
4、責任に応えることは生の享受である
ただし、責任の倫理には、責任を感じたあとにそれを引き受けるかどうかの決断のところにハードルが残っている。「人間が自由である以上、責任を果たすことも放棄することもできる」(11)からである。私はこの問題について、楽観的かもしれないが、感じられた責任は果たされるように方向づけられていると考える。「斯くの如き世に何を楽んで生くるか。呼吸するも一の快楽なり」という西田幾多郎の言葉について上田閑照が「生き得るためには、生きること自身に何か肯定的なことがないと生きぬくことはできません」と言ったことから品川は、西田の呼吸という言葉はひとりの人間が一個の生き物として生存の根本的な条件である環境との交わりのなかに自分の生を確かめているようすを伝えているとと読み取り、「私の生、私が「ある」ということは私の外にあるものとのこうした交わりにおいて成り立っている。呼吸が快楽なのは、その交わりそのものを端的に享受することだからに他ならない」という(12)。他者からの責任を感受してそれに応えようとすることは、まさに外部との交わりである。それゆえに、その責任を放棄することは自分の前に現れた他者の訴えから目をそむけ耳をふさぐことである。それでは外との交わりを享受することができないので、生を喜ぶことも自分の生を確かめることもできない。自分と異なる外部を無視していたら、安心はできるがドキドキしないということなのだろう。関係を結ぶことは享受されるものである。ケアの倫理でもノディングスによって「受け入れ、受け入れられること、ケアし、ケアされること。これが人間の基本的なありようであり、その基本的な目的である」(13)と言われ、「ケアが人生を意義深くさせる不可欠の要素である以上、ケアを放棄する人は自分をとりまいているすべての他者と事物に興味を持てない自己疎外という結果に陥らざるをえない」(14)。レヴィナスは「ひなたぼっこは最初の横領である」というパスカルの言葉を引いて、私は存在しているだけで他者に対して無限の責任を負っていると言ったが、責任の倫理では「責任が存在する可能性が、なにより先行する責任だ」(15)といわれ、責任を感じ責任を担いうるものとして主体は存続すべきだとされる。ひなたぼっこによって横領をしているからといって、今すぐひなたから退くべきなのではない。他者からの責任を感じる私は、私として存在するべきなのであり、応えるか応えられるか否かは別にして、私と関わるすべてのものへの責任を負うのである。
5、恩返しとしてではなく、支え合い自体が幸福でありますように
工藤は、「支えあいは幸福の具体化である。親切にするという正しさは決して感謝されるという幸せをめざしてなされるのではない。今述べた世代間リレーでわかるように、もうすでに幸せは与えられているのである。誤解されたりありがとうの言葉をもらえなくても、それは不公正ではない。これまでの無数の目に見えぬ恵みにお返しをしないことが不公正なのである。支えられているという幸せに支えるという正しさが加わってはじめて幸福は形をなす」(16)と述べる。「世代間リレー」とは、上の世代から受けた恵みは下の世代にお返ししようと考えることである。たしかに、赤ん坊はほかっておかれれば死んでしまうし、生きていることは周りのいろいろな人の助けによって成り立っている。しかし、すでにもらっているものがあるからそれを返そうという考えを親切の動機とすることには問題があると思う。「私が今生きていること自体がもうすでにさまざまな世話や親切のたまものだから、そのお返しとしてせっせと目の前の他人に親切をなすべきなのである」(16)としたら、世代間倫理において過去の世代は私たちの配慮などせずに環境を破壊したというのに、なぜ私たちの世代から未来のために節約をしなければならないのだろうか。もしくは、虐待をされて育った子が親になったときにわが子を虐待する傾向があるという負の連鎖をとめる論理は、受けた恩のお返しとして親切にするべきだという主張からは引き出せないだろう。また、幼いころから身体が不自由で動くこともできずにひたすら他人に世話を受けて何とか生きてきた人にとっては「受けた恩を返すべきだ」と主張されるのは酷なことにしかならない。与えられたものを返そうとするだけでは、与えられなかったものを与えることはできないということになる。そこで、乳飲み子の世話をするのは、決して自分がそうであったときに他者から無条件にそうされたときの恩を返すためにされることではなく、与えることがそのままもらうことなのであると考えることができる。このとき与えたものともらったものはまったく違うものであるので、誰かへの親切がそのまま自分も何かをもらうことになっているのにはなかなか気がつきにくくはあるが、徐々にもしくは後になって気がつくこともあるように、親切の贈答は確かにそういう構造になっていると考えるほうが送る方にとっても受けるほうにとっても気分がよいと思われる。
親切の動機となるものは、工藤の言に則すればむしろ、責任がないことに対して関わるべき事柄や人に応答するという仕方で責任をとることであり、相手の生きようとする力を支えることである「思いやり、大切にすること」(17)に近くあるべきだと言えるだろう。支え合いは幸福の具体化であることには同意するが、それは他者を受けいれ、受けいれられること自体を喜びとして享受することから支え合いが可能になっているからである。
<引用文献>
- 工藤和男『くらしとつながりの倫理学』晃洋書房、2006年、p.15。
- 品川哲彦『正義と境を接するもの 責任という倫理とケアの倫理』ナカニシヤ出版、2007年、p.32。
- 同上、p.38。
- 同上、p.24。
- 同上、p. iii。
- 同上、p.26。
- 同上、p.44。
- 工藤、前掲書、p.16。
- 同上、p.17。
- 品川、前掲書、p.26。
- 同上、p.99。
- 同上、p.49。
- 同上、p.183。
- 同上、p.187。
- 同上、p.39。
- 工藤、前掲書、p.179。
- 同上、p.196。
<参考文献>
渡辺一史『こんな夜更けにバナナかよ』北海道新聞社、2003年。
佐藤義之『物語とレヴィナスの「顔」 ―「顔」からの倫理に向けて―』晃洋書房、2004年。