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【東洋美術史】北宋と南宋の山水画

1.北宋山水画 〜大地を正面から描く〜

北宋南宋山水画を比較すると、北宋山水画には山や大地が主題として描かれていると言える。そしてその特徴は、正面性の強い構図だ。たとえば范寛の「谿山行旅図」では、かなり存在感を持った山が画面の中央に堂々とそびえたっており、上から下までで画面全体の三分の二は占めようというその風貌は、遥かな高みから見る者を圧倒する。中国では、大地の気の流れを「龍脈」と言うそうだが、まさにそのような目に見えない気の流れが大地の底にあるのを描いたのが北宋山水画であり、山は気の噴き出すさまであると考えられる。巨然の「層巌叢樹図」や郭煕の「早春図」もまた、画面の中央に大きく象徴的な形の山を配している。大きく場所をとって描かれるということは、そこに画家が描こうとしているものがあるということに違いない。郭煕の「早春図」では、山は皇帝の権威と繁栄を象徴するように描かれているともとれるが、それもまた見えない力を山に喩えていたのだということができる。寒林平遠と言われる伝李成の「喬松平遠図」では、山は描かれないが、やはり画面の半分以上は荒涼と広がる大地によって占められている。北宋山水画は土からなる地形をテーマとして重視していたのだろう。

 

2.南宋山水画 〜辺角に景を配す〜

一方、南宋山水画で主題とされるのは、大地というよりは空間であるように思われる。南宋院体山水画では、対角線の構図法がよく取られる。これは辺角の景といって画面の隅のほうに景物を置く構図であり、残された余白の多さが目につくようになっている。南宋院体山水画の目指したものは、洗練された形式美と詩的な情趣の追求であると言われるが、その余白には無限の空間が暗示されており、形式的に簡略化された景観や画中の人物は、その空間の向こうへと鑑賞者の想像力を促すものなのである。蕭照の「山腰楼観図」はまさに辺角に景を配した構図をとっている作品だ。この画の中には左下部に置かれた山の下のほうに人物が二名立っており、この二人が右上部の山の向こうに広がる空間を見ながら話をしているようであり、そのうち一人がその方を指差していることで、それを見た者は「向こうに広がる空間には何かがあるに違いない」と思いをめぐらせてしまう仕組みになっている。同じように地平と空間が広がっていたとしても、寒々とした大地の広がりを感じさせた北宋の「喬松平遠図」とは違い、南宋山水画では大地の上で、宇宙までも続くような無限の空間が強調されている。

 

3.形式美の比較

形式美という点では、南宋山水画には山水表現の写実性が薄れるという特徴がある。北宋の終わりから南宋にわたって活躍した画家として李唐がいるが、李唐が北宋後期に描いたとされる「万壡松風図」は、大きな山を中央に配するという北宋の特徴と、斧劈皴という皴法で側筆を用いて斧で削り取られたような岩肌を表しているということで、山の描かれ方が装飾的な形式美を意識しているという南宋の特徴を併せ持っている。李唐が南宋期に描いたとされる「江山小景図」では、同じく斧劈皴を用いて山は描かれているが、その構図は南宋を代表する対角線の構図を用いており、山を辺角に置き、余白が水面として残されている。李唐の後継者といわれ、南宋を代表する山水画家である夏珪の「渓山清遠図」にも斧劈皴が用いられているということで、この岩肌の描き方は南宋山水画を特徴づけるものであるといえる。

また、北宋では画面の上下に天地を合わせる構図で山は見上げられるように配されていたが、南宋ではそのような構図がとられることはなく、やや鳥瞰的で現実から半歩引いたような目線から全体を把握して見ているものと思われる。形式的な表現になった山は、もはや湧きあがる大地からのエネルギ-としてではなく、広がる空間の下を彩る装飾としての役割を担っているのかもしれない。それは北宋山水画のように眼に見えないエネルギーを自然物に象徴させて描くのではなく、目に見えないものは描かないことにして、想像で思い描かせるという手法だったのではないだろうか。

形式美を追求する表現となっているのは山だけではなく、水の表現もまた、形式的な美を追求しているようである。馬遠の「十二水図」では、水面の波の様子がデザイン的な要素を持って十二通りに表現されており、このようなパターン化された水の表現は「江山小景図」においても見られる。

 

4.山水画の中の人為

最後に、山水画において山水の描かれ方のほかに注目すべきは、人間の営みの描かれ方であるだろう。中国人は自然が好きだが、それは手付かずの自然ではなく、人為の入りこんだ自然なのだそうであり、山水画の中にもしばしば人間の暮らす様子が、人物、家、道、橋、船などによって小さいながらも丁寧に描かれている。この人の営みの描かれ方が、北宋では精神性が高かく劇的であったが、南宋では生活感があふれる物語を感じさせるものとなっているように見える。

 

<参考文献>

故宮博物館 第1巻 南北朝北宋の絵画』NHK出版、1997年。

故宮博物館 第2巻 南宋の絵画』NHK出版、1998年。