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【西洋文化史概説】アウトサイダーのスティグマ ―なぜ彼らは迫害されたのか―

歴史のアウトサイダー

 

0.はじめに

 中世ヨーロッパでは、魔女や異端者として、非合理的に迫害された人たちがいた。しかし彼らが迫害されたのには、当時としては正当だと思われた理由があったのであり、そこにはなんらかの社会的、もしくは民衆心理的な動機があったに違いない。それはどのようなものであったのかということを、これから検討したい。

 

1.アウトサイダーは「正常」という規範に対象化される

 ベルント・レックによると、「アウトサイダーとしての状態は、一定の社会構造との関係においてのみ考えることが可能であり、ある特別な規範と対象化されることによって、その状態は可視化する」(p.4)ものである。これは「マージナル化の前提は、改めて何よりも、社会の「正常なこと」、すなわち支配的な道徳規準という引き立て役によって認識することができる」(p.155)ということからもわかるように、まず一定の社会構造やその構造のなかで「正常」とされる秩序が存在していて初めて、そこから外れたアウトサイダーというものが現れうるということである。それゆえに「近代国家の形成はマージナル化の傾向の強化を意味した」(p.13)といわれるように、支配的に中心となる特定の社会がその構造や秩序を確固たるものとしようとしたときには、同時に周辺に属するアウトサイダーは必然的に弾圧や迫害を受けることになる。「宗教性への強い傾斜と国家形成過程との交錯は、当の周辺集団にとっては不運なことであった」(p.14)というのは、この意味である。

 

2.悲惨な時代の原因とされたアウトサイダー

魔女狩りが最もさかんであったのは16世紀から17世紀にかけてのことだ。この時代には造形芸術や文学でも「空虚」や「死」がテーマとして扱われており、生活の暗さをうかがわせる。社会状況の悪化や気候の悪化が、飢饉や疫病や争いを生んだ。そしてこの時代において周辺に属する人々は悪魔化されたのであるが、それというのも同時代人の目にはアウトサイダーはこの悲惨な状況の産物というよりも、むしろその原因であるとうつったからである。アウトサイダーの重要な機能はこの点にあったとベルント・ルックは指摘する。すなわち「彼らは理解できないことが起こる理由を提供し、大災害や細々としたつらいことが起こる原因の説明を可能にし、そうすることによってこれらの災害をより危険のないものと思わせた」(p.19)のである。この結果として、災害やつらいことの原因とされたアウトサイダーたちには、人びとに不幸をもたらした罰としてしかるべき処置が講ぜられた。魔女は火刑に処せられ、ユダヤ人は追放されたり殺害されたが、その理由はあられまじりの雷雨が続くせいで穀物の収穫が不足であることや、ペストが流行したりすることはすべて彼らのせいだと考えられたからであった。魔女や異端者は悪魔の力を借りてこのような危機的事態をつくりだしているとされたのだ。たしかに、現実に天候を変えるのや、ペストの流行を克服するのに比較したら、アウトサイダーをその原因として罰することは容易なことである。ただし、それによって状況が何かしら改善することはなかったであろうが、人々の行き場のないやるせなさがあった時代に、アウトサイダーの迫害がその捌け口となっていたのだと考えられる。

 

3.キリスト教文明の影響

注目したいのは「すべての災いは、日常生活の辛さと同様大きな災害も含めて、なにより人間の罪に対する神の罰であると理解された」(p.18)ことである。このような考え方はおそらく、キリスト教の信仰から生まれてきたものであるだろう。「罪」や「罰」が意味するのは、その道徳的な性格である。神が人間に罰を下すのは神の意向に沿わない罪深さを人間が持っているからなのだととらえると、つらいことや災害といった罰に立ち向かうための一番重要な方法は、神の御旨にかなった生活を送るように努めることである。「神の国は、その純粋さの点で神である周の罰を恐れてはならない。それゆえ、人々は可能な限り汚点となるものや、神の怒りを誘発する可能性のあるものをすべて、市民の団体や臣民の集団から排除しようと努めた。それは文字どおり火と剣でもっておこなわれることがあり、しばしば大災害や疫病や飢饉の体験に対する直接的な反応としておこなわれた」(p.18)。

では、神の純粋さにたいして、汚点となるものや、神の怒りを誘発する可能性のあるものと考えられていたものとは、いったい何だったのだろうか。神に抗するものとしてキリスト教で考えられてきたものは「悪魔」である。そして悪魔と結託しているという容疑は社会の周辺に位置するか、その可能性のある人々にしばしばかけられてきたものだった。具体的に容疑をかけられていた対象としては「たとえば、老人や孤独なひとり者、とくに身体に障害のあるものである。ひげのある女性、斜視で顔にしわがあり眉毛の濃い女性は特に危険にさらされた。ある通俗的な手引書は、「手や、足や、目や、その他の身体の一部を欠いている人びとをだれであれ警戒するように、さらにまた身体障害者ととくにひげのない男性を用心するように」すすめていた」(p.72)と言われる。ここで明らかになることは、悪魔と結託しているかどうかがその可視的な身体的特徴によって判断しうると考えられていたということである。「病気や身体に障害のあることは、近世にあっては、たんに身体に関わるだけの生物学的な問題ではなかった。病気は少なくとも神の罰ではないかと、つねに疑われた」(p.73)というのが、この時代の病人や身体障害者に対する考え方であった。彼らは、何か神の罰を受けるような罪を犯しているがゆえに、そのような完全ではない身体を持っているのだとされた。「醜いもの、不完全なものを悪と同一視することは、粗雑な論理では、人文主義の芸術論にときおり見受けられるような、完全なものを善きもの、神的なものとする見解と相補的な関係にあった」と言われる。「奇形はこの観点からすると、悪の活動の結果であると推測された。つまり奇形は、神学者たちの学説にもかかわらず肯定的な原則と否定的な原則の二元主義によって構造的なまとまりを与えられているとしばしば考えられた世界において、神の領分をおかそうとする悪魔が活動している結果である、と推測されたのである」(p.74)。ただし、ここで使われる「美しい」とか「醜い」もしくは「美しくない」という言葉は、かなり社会的な規定がされているという点に留意が必要である。悪魔と結託しているという容疑をかけられた人々の容姿の特徴は、たとえば「女性の顔はひげがなくしわがなく眉が薄くあるべきである」という限定された理想像をもとに主張されていることがわかる。このように、特定の文化が推奨した男性としての理想像や女性としてのあるべき容姿が、アウトサイダーの弾圧内容からは明らかになるのである。ここでは、若く、完全な身体が神の御旨に沿うものとして想定されているが、それはヨーロッパのキリスト教文明の流れをくむものであると考えられる。

 

4.アウトサイダースティグマ

そして、特定されたアウトサイダーたちはスティグマを付与されることになる。まずスティグマには「表象、立場、属性の分配であり、とりわけ単純化と一般化を伴った特別なステレオタイプ化」としての意味があり、この意味では特定の人々や集団に通例この種の人々に認められるとされる否定的な特性でもってレッテルが貼られることになる。ステレオタイプ化の代表的なものとしては「ユダヤ人はけちだ」「老女は意地悪い」「ジプシーは盗みを働く」といったものがある。1517年にハンス・フォン・ゲルスドルフという外科医によって著された『軍医のための外科教本』にみられる「ハンセン病者は、怒りっぽく、けちで、無常である」「彼らは貪欲で、みだらな傾向がある。また、眠りが浅く、その時、「ぞっとする恐るべき事柄」に苦しめられる。さらに原因となる悪徳として暴飲暴食が加わる」(p.80)という記述もステレオタイプ化のひとつであり、病気が悪徳のために起こると考えられていたことの証拠でもある。

また、アウトサイダーの文字どおりの可視化として、実際に目につくしるしをつけることで峻別を可能にすることが近世ではよくおこなわれた。例としては「刑法でよくある犯罪者への焼き印がそうであり、むちで打ったり頭髪を刈るといった類のあらゆる不名誉な刑がそうである。また乞食や、ユダヤ人、売春婦、刑吏に、そうであるとはっきり分かるように特別な目印をつけさせたり、衣服を着せることもある。そう言った目印に関しては、ユダヤ人帽から板金製の貧民のしるしに至るまで、あるいは娼婦の赤い帽子から刑吏の斑の服にいたるまで、資料が多くの具体例を伝えている」(p.6)。このようにアウトサイダーたちをぱっと見ただけでそうとわかるようにしるしをつけておくことには、彼らと近づき出会うといった危険を避けることを可能にするという機能があるとともに、ハルトゥングによって中世後期と近世のヨーロッパ社会に見られる「社会的威信を外見によって表わそうとする強い衝動」との関連が指摘されている。それは、社会秩序のヒエラルヒーをイメージとして創出することがこの時代には問題とされていたことによって、現代とは異なって「見かけ上の外観ははるかに高い程度において物事の本質を表わしていたし、現実の特質を明らかにしていた」ということである。支配的な中心文化が思い描いていた秩序づけられた社会のイメージに沿うように、アウトサイダーの外見は操作されていたのである。

アウトサイダーたちは、キリスト教的世界観を中心とした社会のなかで、どうしようもない天災を神の罰として理由づけるために、贖罪の山羊としていけにえにされた集団であったと言える。そして彼らがその容姿によって選別されたり可視的なスティグマを付与されたのは、その社会が外見の表わすものを意味があるとして重視していたからに他ならない。

 

<参考文献>

ベルント・ルック著、中谷博幸・山中淑江訳『歴史のアウトサイダー昭和堂、2001年。

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