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【心理実験】記憶 ―自動再生法による系列位置効果―

目的

 自由再生法の課題において、単語の呈示順序と再生率の関係を明らかにする。自由再生とは、相互に無関連な単語リストを覚え、できるだけ多くの単語を、単語の呈示順序に関係なく、思い出したものから順に再生することである。記憶には、呈示されたリスト内での出現する順序によって単語の覚えやすさが異なるという現象があり、それを系列位置効果という。系列位置効果には、リストの最初に出てきた語がよく覚えられるという初頭効果と、リストの最後の方に出てきた語がよく覚えられるという親近性効果の2種類がある。

 初頭効果と親近性効果はなぜ起こるのかということは、記憶のメカニズムを表したアトキンソンとシフリンのモデル(Atkinson&Shiffrin,1968)によって説明される。このモデルでは記憶を、感覚登録、短期記憶、長期記憶の3つからなるシステムと考える。外界からの刺激はまず、目や耳などの感覚器が受け入れた情報を短期間保存する場所である感覚登録器に入る。そして感覚登録器に入った大量の情報のうち、注意などの働きによって重要な情報のみが短期記憶として覚えられる。短期記憶として保持される時間は数秒から十数秒と短く、また保持できる容量も7±2個と限られているのだが、リハーサルをしている間は保持することができる。たとえて言えば、電話番号を調べて、ダイヤルする間は覚えておくような記憶を短期記憶という。また、短期記憶は選択的に長期記憶に送られる。リハーサル回数の多い記憶内容ほど、長期記憶になりやすい。長期記憶は保持時間が非常に長く、時には一生保たれるうえに、容量も無限と思われる(岡市,2006)。系列位置効果のうちの初頭効果の方は、リストの初めの方の単語は見せられてから再生するまでの時間が比較的長いため、その間にリハーサルを何度もおこなって長期記憶として覚える単語を再生するために起こる現象であり、親近性効果の方は保持時間の短い短期記憶として単語がまだ覚えられているうちに再生するために起こる現象であると考えられる。

 自由再生法の課題において単語の提示順序と再生率の関係を明らかにするために、記銘時間と記銘後の遅延の有無を変化させた条件を3つ設けた。条件1はリストAの各単語を9秒ずつ呈示し、リスト呈示終了直後に自由再生する。条件2はリストBの各単語を3秒ずつ呈示し、リスト呈示終了直後に自由再生する。条件3はリストCの各単語を9秒ずつ提示し、リスト終了後に計算課題を30秒行ったあと自由再生するというものだ。条件を行う順番が、慣れなどの影響を結果に与える可能性をかんがみて、条件1~3は実験参加者間でランダム順にする。

 仮説として、記銘時間につけた変化に関しては、各単語の呈示時間が長いほうが、初めの方で呈示された単語のリハーサルを繰り返すことのできる時間も長いことになるので単語を長期記憶として記憶しやすく、初頭効果が見られるが、一方短期記憶の保持時間である数秒から十数秒のうちに保持される単語の数は少ないため、親近性効果はあまり見られないという結果が予想される。逆に、単語の呈示時間が短いほうはリハーサルを繰り返すことのできる時間も短いため初頭効果はあまり見られないが、短期記憶の保持時間中に呈示される単語の数が多いため親近性効果は見られると予想される。記銘後の遅延の有無に関しては、リスト呈示後に計算課題のある条件では、計算課題を行う30秒の間に短期記憶として単語の記憶が保持される時間を超えてしまうため、親近性効果はみられないだろう。また、計算課題を行っている間にリハーサルを行うことは不可能であると考えてよいだろうから、計算課題を行う間に短期記憶を、計算課題のない条件より多く長期記憶に送ることができるとも予想されない。以上のことを合わせて考えると、初頭効果は条件1と条件3で、条件2よりも顕著に現れ、親近性効果は条件2において条件1よりも、条件1において条件3よりもみられるだろうという仮説がたてられる。

 各単語が再生される順序においては、条件によらず、記憶の保持時間の短い短期記憶として覚えられているリストの終わりの方の単語が先に再生され、次に長期記憶として覚えられているリストの終わりの方の単語が再生され、最後に、覚えていたらその中間の単語を再生するだろうという仮説がたてられる。おそらくは覚えているがすぐに忘れてしまいそうなものから再生するだろうと考えられるためである。ただし条件3は計算課題があるために親近性効果はみられないとすると、短期記憶として覚えられている単語はないものとして、リストの終わりの方の単語から再生されるということはないだろうと予測される。各単語が再生される順序についての仮説の検討は、実験参加者が再生した順に単語に番号を振り、その中央値を割り出して行う。

 

方法

実験参加者

 実験参加者は大学生6名(男性2名、女性4名、平均年齢19.7歳)であった。

器具

 漢字熟語カード、計算課題を印刷した用紙、記憶した単語を再生するときに記入する用紙、ストップ・ウォッチを使用した。

 漢字熟語カードは、本試行で使用したものと練習試行で使用したものがあった。本試行で使用した漢字熟語カードは48枚あった。このカードは、漢字2字熟語の学習容易性4.00-4.99のものを小川・稲村(1974)より選出したもので、1リスト16語からなるリストが計3リストあった。練習試行では、学習容易性3.00-3.99の熟語8語からなる1リストを使用した。計算課題を印刷した用紙はA4版に横書きで、ランダムな数字が縦列に10個、横列に13個、全部合わせて130個印刷されていた。その下には、「左右の数字を足し算して、答えのうちの1の位を記入する」という計算方法が示されており、クレペリン検査の要領で計算させるものだった。しかし言葉の説明だけでは分かりにくい恐れもあるため、計算課題の上部に、「例」として4つの数字と、それぞれの間に計算結果を3つ手書きで記入したものを載せた。記憶した単語を再生するときに記入するための用紙には、A4サイズを2つ切りにした白い半紙を使用した。

 

手続き

 実験参加者は3人(男性1名、女性2名)ずつに分けられ、同室内の別々の机で実験を行った。実験者と実験参加者は、幅75cmの机を挟んで向かい合わって座った。

 練習試行

 実験者は、「これから、異なる3つの条件で漢字2字熟語のカードを呈示します。その後、紙に記入してもらうので、できるだけ多く記憶してください。熟語カードのリストは全部で3つあります。まずは練習試行として、熟語8語からなるリストを各単語9秒ずつ呈示します。呈示終了後に、呈示の順序に関係なく、思い出したものから漢字あるいは仮名で単語を紙に記入してください。記入時間は1分間です」という教示を実験参加者に与え、ストップ・ウォッチをスタートさせると、熟語8語からなる練習用リストを各単語9秒ずつになるように計りながら呈示した。リストの呈示が終了すると、実験参加者は記憶した単語を思い出したものから用紙に記入していった。実験者は1分が経過したところで実験参加者に記入をやめるよう合図した。

 本試行

 ここからの手続きは、条件を行う順番を実験参加者間でランダム順にしたため、実験参加者によって異なった。一人目の実験参加者は条件1、条件2、条件3の順に試行を行い、二人目の実験参加者は条件2、条件3、条件1の順に試行を行い、三人目の実験参加者は条件3、条件1、条件2の順に試行を行うという具合だった。ただし条件ごとの手続きは同一であった。

 条件1のとき、実験者は「この条件では、16語の単語を9秒ずつ呈示します。呈示終了直後に、呈示の順序に関係なく、思い出したものから漢字あるいは仮名で単語を紙に記入してください。記入時間は1分間です」という教示を実験参加者に与え、ストップ・ウォッチをスタートさせると、熟語16語からなるリストAを各単語9秒ずつになるように計りながら呈示した。リストの呈示が終了すると、実験参加者は記憶した単語を思い出したものから用紙に記入していった。実験者は1分が経過したところで実験参加者に記入をやめるよう合図した。

 条件2のとき、実験者は「この条件では、16語の単語を3秒ずつ呈示します。呈示終了直後に、呈示の順序に関係なく、思い出したものから漢字あるいは仮名で単語を紙に記入してください。記入時間は1分間です」という教示を実験参加者に与え、ストップ・ウォッチをスタートさせると、熟語16語からなるリストBを各単語3秒ずつになるように計りながら呈示した。リストの呈示が終了すると、実験参加者は記憶した単語を思い出したものから用紙に記入していった。実験者は1分が経過したところで実験参加者に記入をやめるよう合図した。

 条件3のとき、実験者は「この条件では、16語の単語を9秒ずつ呈示します。呈示終了直後に、計算課題を30秒行ってもらいます。その後、呈示の順序に関係なく、思い出したものから漢字あるいは仮名で単語を紙に記入してください。記入時間は1分間です。また、計算課題は例にあるように、左右の数字を足し算して、答えのうちの1の位を記入してください」という教示を実験参加者に与え、ストップ・ウォッチをスタートさせると、熟語16語からなるリストCを各単語3秒ずつになるように計りながら呈示した。リストの呈示が終了すると、実験参加者は計算課題を30秒間行った。30秒たったところで実験者は計算課題をやめるよう指示し、実験参加者は記憶した単語を思い出したものから用紙に記入していった。実験者は1分が経過したところで実験参加者に記入をやめるよう合図した。

 データ整理

 条件ごとに、各単語が再生できた人数を表にまとめ、そこから各系列位置における単語の再生率を算出した。また、各実験参加者が各条件において再生した単語の順番から、各系列位置における再生順序の中央値を求めた。

 

結果

 まず、各条件の系列位置と再生率との関係をみるために、条件ごとの各系列位置における単語の再生率を算出したものを図1に示した。どの条件を見ても、単語によって大きく再生率が変動しており、系列位置効果は明確ではない。あえて述べるとすれば、どの条件の場合も系列位置1~4の単語は再生率30%を下回ることはなく、系列位置9~12の単語は再生率が50%を超えることはなかった。

 各条件で初頭効果及びに親近性効果の現れ方に違いがあるかどうかを見るための比較を容易にすることを目的とし、再生率の中でも、初頭効果が現われると考えられる最初の3つの単語の再生率と、親近性効果が現われると考えられる最後の3つの単語の再生率と、その間の系列位置4~13の単語とに分け、それぞれの平均再生率を条件ごとに図2に示した。初頭効果が現われるだろう系列位置1~3を前期とし、系列位置効果があるかどうかを調べる比較の際に基準とする系列位置4~13を中期とし、親近性効果が現われるだろう系列位置14~16を後期とした。まず、全ての条件において、中期の平均再生率はほぼ等しくなっていた。前期と中期を比べた場合、条件2と条件3において再生率は中期よりも前期の方が高くなっていた。これは初頭効果が現われているということである。ただし条件1では初頭効果は、ほとんど現れなかった。後期に示されている親近性効果を見ると、条件1と条件2においては中期と比べ後期の再生率が高くなっており、条件1と条件2では親近性効果が現われていた。条件3では後期の再生率が中期よりも落ち込んでおり、親近性効果は現れなかった。

  次に、各条件の再生順序と系列位置との関係を見るために、条件ごとの各系列位置における単語の再生順序の中央値を図3に示した。条件1では、系列位置14~16の単語が最も早く再生されていた。条件2でも、系列位置14~16の単語はかなり早い段階で再生されていた。条件2では、系列位置1~2の単語と9~11の単語も同じくらい早く再生されていた。条件3では系列位置6~10の単語が早い段階で再生されていた。各条件に共通することには、系列位置12~13の単語の再生は遅かった。

 再生率のときと同様に、各条件の再生順序と系列位置効果との関係を、とりわけ初頭効果と親近性効果に限って比較するために、初頭効果が現われるだろう系列位置1~3を前期とし、系列位置効果があるかどうかを調べる比較の際に基準となる系列位置4~13を中期とし、親近性効果が現われるだろう系列位置14~16を後期とし、それぞれの中で平均中央値を算出したものを、図4に示した。条件1では後期から再生し、次に中期、前期の順で再生していた。条件2では、まず後期の単語を再生し、次に前期、最後に中期の単語を再生していた。条件3では、全体としてはあまり単語の系列位置と再生順序に関係はないようであったが、細かく見ると、中期の後に後期、そして前期の単語を再生している、という中央値の平均になっていた。

 

考察

 図1に示した各単語の再生率と図3に示した各単語の再生順序の中央値が、単語によって非常に大きく変動し、系列位置効果が見えにくいものになったことは、実験の標本数の少なさに由来すると考えられる。いくら学習容易性をできるだけそろえた漢字熟語を使用して記憶される確率を割り出したところで、意味を持つ漢字熟語には、その覚えやすさに個々人の経験などの差が多少は影響することが否めない。そして個人差は、標本数が少なければ少ないほど、結果に与える影響が大きくなってしまうのである。

 初頭効果が現われるだろう系列位置1~3を前期とし、系列位置4~13を中期とし、親近性効果が現われるだろう系列位置14~16を後期として、リスト全体を3期に分け、それぞれの平均再生率を出したものについて、全ての条件において、中期の平均再生率は等しくなっているということは、小川・稲村(1974)が調べた熟語の学習容易性が妥当なものであったと考えられる。つまり、リストによる記憶のしやすさに差はなかったということで、異なるリストを使用した条件ごとの比較が意味のあるものであることを示唆していると見てよいだろう。

 初頭効果が現われるだろう前期と、系列位置効果があるかどうかを調べる比較の際に基準となる中期を比べた場合、条件2と条件3においては初頭効果が現われていたが、条件1では初頭効果はほとんど現れなかった。この結果は、初頭効果は条件1と条件3において同等に現れ、条件2では条件1や条件3ほどは現れないだろうとした仮説に合致していない。

 親近性効果が現れるだろう後期の再生率の平均と基準とする中期の再生率の平均を比較すると、条件1と条件2においてははっきりと親近性効果が現れたが、条件3のときはまったく親近性効果が見られなかった。この結果は、計算課題があると、課題を行っている間に短期記憶の保持時間を超えてしまい、親近性効果は見られないだろうとした仮説に沿ったものである。しかし、条件1と条件2の親近性効果は同じだけ現れており、単語の呈示時間が短い条件のほうが、数秒から十数秒と言われる短期記憶の保持時間中により多く単語が呈示されるために、親近性効果が強く現れるのではないかと考えた仮説には沿っていない。この原因はおそらく、仮設のほうが間違っていたためであろうと思われる。短期記憶の容量は、数字や文字数で7±2個であると言われている。なので、いくら単語あたりの呈示時間が短いほうは同じ時間により多くの単語が呈示されると言ったところで、短期記憶される容量の限界以上の単語が呈示されても、前の単語は短期記憶から追い出されてしまうため、親近性効果が上がるということはないのかもしれない。もしくは、たとえ熟語を7個短期記憶として記憶していたとしても、熟語を紙に記入するのにかかる時間に忘れられてしまうという可能性もある。個人ごとの再生できた単語の数を見ると、全ての条件のうちで、最も再生できていた人が12個だった。実験後に「まだ覚えている単語があったのに、記入する時間が足りなかった」という意見が聞こえたこともあり、学習容易性4.00-4.99の熟語の1分間に再生可能な数の上限は約12個であるとみてよいだろう。つまり、1個の熟語を記入するのに最短時間で5秒はかかるということだ。これに、短期記憶の90%は15秒で消えるということを合わせて考えると、短期記憶が保持されている間に再生できる単語は多くても3個までだということになる。紙に熟語を記入しながらリハーサルをすることも不可能だろう。

 各条件の再生順序と系列位置との関係は、条件1と条件2では短期記憶として覚えられている後期の単語から再生されており、しかし条件3ではそのような傾向はみられなかったということで、仮説に合致した結果が出た。また、後期の単語を再生した後、条件1では、次に中期、前期の順で再生しているのに対して、条件2では前期、中期の順で再生している。短期記憶として覚えられている単語から再生することから確認された、忘れてしまいそうなものから再生するという仮説に従えば、条件1において、条件2の場合よりも前期の単語がしっかりと記憶されていたという可能性がある。もしそうであるとすれば、再生率に関して、初頭効果が条件3と同じくらいかつ条件2以上に現われるだろうと予想された条件1において、ほとんど初頭効果が認められなかったのは、初頭効果は存在し単語は覚えられていたのだが、再生されるための時間が足りなかったのかもしれないと思われる。もちろん一方で、個人差の範疇で条件1の前期の単語は記憶しにくいものであったのだと考えることもできる。

 

 

引用文献

Atkinson, R. C. & Shiffrin (1968). Human Memory: A proposed and its control processes. In K. W. Spence & J. T. Spence (Eds.), The psychology of learning and motivation: Advances in research and theory, Vol. 2. Academic Press.

岡市洋子(2006).記憶のシステム 山内弘継、橋本宰編『心理学概論』,ナカニシヤ出版,117-122.

小川嗣夫・稲村義貞(1974).言語材料の諸属性の検討 名詞の心像性,具現性,有意味度および学習容易性 心理学研究,44,317-327.